The Scientific Ocean

誰にでもわかりやすいように生命科学を解説しようとするアザラシのブログ。

中の人(アザラシ)のTwitterは@puni2azarashiです。 このブログの趣旨はこちらを参照
2018.9~ noteもはじめました!こちらへどうぞ!

戦う赤血球

お久しぶりです、ぷにぷにアザラシです。いつの間にか9月ですね。早いものだ。。。
さて、今回紹介する論文はこれです!

Genetically engineered red cells expressing single domain camelid antibodies confer long-term protection against botulinum neurotoxin

遺伝子操作した(genetically engineered)赤血球(red cells)を使ってボツリヌス毒素(botulinum neurotoxin)という毒から体を守るよ!という話です。

 ボツリヌス毒素とは、ボツリヌス菌という菌が産生するタンパク質でできた毒素です。これは神経に作用する毒素で、神経から神経へ信号を伝達するのをストップする働きがあります。その結果、ありとあらゆる神経活動が止まってしまい、死んでしまう、そんな猛毒です。作用も強く、なんと体重60 kgの大人に対して60マイクログラム(1マイクログラムは1グラムの100万分の1)投与するだけで死者が出るとされています。
ボツリヌス毒素を飲んでしまった場合、今では血清療法や呼吸療法という治療法を使って対応します。呼吸療法はそのまま、呼吸を維持する方法です。血清療法とは、ボツリヌス毒素がタンパク質であることを利用して、タンパク質に強くひっつくことが出来る抗体と呼ばれるものを体内に投与することで、ボツリヌス毒素を捕まえよう、という方法です。しかし、抗体は、投与してもすぐに体(血液中)から排泄されてしまい、長く留めることが出来ないことが弱点でした。

そこで今回のお話では、研究者(筆者)達は大胆な方法に出ます。「抗体が血液からすぐに出てしまうのなら、血液中に存在するものにひっつけてやって、血液から出られなくすれば良い」という発想です。そこで彼らはなんと、血液にある細胞、赤血球に抗体をひっつけることにしました。

しかし、問題はもう一つあります。それは、抗体がとても複雑な構造をしているということです。そのため、赤血球にひっつけることはそう簡単ではありません。そこで彼らは“ラクダの抗体 (camelid antibody)”に目を付けました。

ラクダだってヒトと同じような抗体を持ってるのでは?と思われるかも知れません。実は、そうじゃないんです。

一般的に、抗体とは2種類のタンパク質(重鎖と軽鎖)から出来ています。そして、重鎖と軽鎖の2つを使って初めて、抗体はタンパク質にひっつくことが出来ます。しかし、ラクダの抗体にはこのうち軽鎖がありません。つまり、ラクダの抗体は、重鎖だけでタンパク質にひっつくことが出来るのです。そうすると、ラクダの抗体を使えば、赤血球に1種類のタンパク質をひっつければいい、ということになります(もっと知りたい方は「ナノボディ」で検索してみて下さい)。

これらの発想を駆使して、彼らはボツリヌス毒素に結合できるラクダの抗体を生やした赤血球を作り、ネズミに投与しました。すると、ネズミがボツリヌス毒素で死ななくなったのです!

彼らはさらに、ヒトの赤血球でも同じようなことが出来ることも示しています。今回のお話はボツリヌス毒素相手でしたが、この方法は、ありとあらゆる病気にも応用することが出来ます。例えばリウマチの薬の一部は抗体ですし、ガンをやっつける薬も最近は抗体が主流になってきました。こういった抗体でできた薬の多くは、何回も服用せざるを得ず、また薬の値段も非常に高いので、医療費が高騰する原因になっていたりします。今回の報告の方法を使って、もしも投与回数を格段に減らすことができれば、そういった問題も回避されるのかも知れません。今後の展開がとても期待できるような研究でした。

 

今回の紹介は以上です、最後まで読んで下さってありがとうございました!

 

続きを読む

神経のつながり方を知る新しい術

こんにちは、ぷにぷにアザラシです。氷山が欲しい。。
さて、暑さに参っていましたが、久しぶりに更新しようと思います!今日紹介する論文はこれ!

An optogenetic toolbox for unbiased discovery of functionally connected cells in neural circuits

今回は背景の説明や、この論文の細かいことは説明しません。この論文は、発見したことというよりも、その実験技術に魅力があるからです。

この論文は、ゼブラフィッシュと呼ばれる熱帯魚(の子供)を使って、目の神経がどんなふうに繋がっているかを調べています。そのために「蛍光タンパク」と呼ばれるものを使って、神経細胞を光らせて、可視化しています。で、さらに繋がりがわかりやすいように、神経ごとに色が変わるように遺伝子を細工しています。

・・・と、言葉だけではわかりにくいかと思います。奇遇にもこの論文は「オープンアクセス」と呼ばれる類いの、無料で読める論文ですので、今回は図を引用したいと思います。というわけでこの図を見よ!

 

f:id:punipuniazarashi:20170807150519p:plain

aが遺伝子の解説、bがゼブラフィッシュの子供の目の部分の拡大図、cがその実際の写真、dが使った顕微鏡の構造図、eが写真の拡大図です。

この色がついた神経細胞、実は色毎に新しい機能を獲得しています。赤(マゼンタ)の細胞は、光を当てられると強制的に活動する機能、緑の細胞は、自分の活動に応じて緑色の強度が変化する機能を有しています。

つまり、この魚を使って実験することで、「赤の神経細胞が活動すると、緑の神経細胞がどう応答するか」がわかるわけです。一見、それだけ?、って感じるかも知れませんが、遺伝子をうまくいじって赤と緑のどちらかの色しか獲得できない(つまり赤と緑両方とも光ることはない)ように工夫しているところは見事ですし、細胞1つという単位でこの現象を明らかにするのは、今の技術では非常に難しく、その難関を打破したこの論文の方法は、今後さまざまな箇所で利用されることと思います。

最近、魚を使った神経系の論文が増えてきているように感じます。この論文のように、マウスでできなくても魚ならできることも多いですし(魚は小さくて透明だから)、今後の発展が楽しみです。

 

全く畑違いなので、あまり詳しい説明が出来ませんでしたが、これで終わりたいと思います。最後まで読んで下さり、ありがとうございました!

 

引用論文(上にリンクあり)
Förster, D., et al., An optogenetic toolbox for unbiased discovery of functionally connected cells in neural circuits. Nat. Commun., 8:116 (2017)

クーラーにあたると遺伝子が変わる?

こんにちは、ぷにぷにアザラシです。最近暑くなってきましたが、みなさまお元気でしょうか?私は暑いのが嫌いなのでもう秋を待ち遠しく思っています 笑。さて、本日紹介する論文はこちらです!

Body temperature cycles control rhythmic alternative splicing in mammals

私たちが普段生きてゆけるのは、食べたりした栄養が酵素の力によって分解され、エネルギーが取り出され、それを利用しているからです。そんな大事な酵素は、アミノ酸があつまってできています(タンパク質)。で、酵素は遺伝子(DNA)の情報を元に作られるのですが、時折、同じ遺伝子から違う酵素が出来ることがあります。例えばDNAに“アイウエオ”と書いてあるとき、ある時は“あいうえお”という酵素になるのに、ある時は“あいえお”という酵素になることがあります。このような、ある一部が抜ける現象現象を、“スプライシング”といいます(正確には、RNAと呼ばれる、DNAからタンパク質を作る際に中継をする物質が、スプライシングを受けます)。

スプライシングを行う利点は、同じDNAから機能の異なる酵素を作ることが出来る点です。例えば目が覚めている時と寝ている時では、必要な酵素が違いそうなことが想像できると思います。そういうときに、スプライシングを上手く利用して、酵素の機能を目が覚めている時と寝ている時で変えてやれば良いのです。

私たちは夜になると眠くなり、朝になると目が覚めます。少しの間であれば、光の全く当たらないような場所でも、自然と眠くなり自然と目を覚ますことが出来ます。この一日を自動的に感じる仕組みを「概日リズム」といいます。概日リズムは脳にある視交叉上核とよばれるたった1~2 mmしかないような部位で、体全体のリズムを作っています。

この概日リズム、実はスプライシングも制御できることが知られていました。しかし、どうやってそんなことを行っているのか、よく分かっていませんでした。今回の論文は、その仕組みを明らかにしたものになります。

  1. 温度に感受性があるスプライシングを見出した
  2. 概日リズムが体温を介して、スプライシングを制御することを明らかにした
  3. 2.には、SRSFと呼ばれるタンパクのリン酸化が関与していた
  4. 3.により、tata box binding proteinがスプライシング制御を受けることで、多くのタンパクの発現が制御されていた

やや難しいので3と4は省略して、詰まるところ、「体温の日内変動によって、同じ遺伝子から生まれてくるタンパクが変わっていたよ」という内容です。いや、すごい。なんとなく、そういう現象はありえるかも、とは思いますが、それをちゃんと証明しているところがすごいです。

しかし、こういうのを見ると、例えば風邪で熱を出している時だとか、真夏の炎天下にいる時とか、逆に猛吹雪の中にいる時とか、そういった体温に影響しかねないような大きな温度の影響って、どれくらいあるのかな、と気になりました。案外、暑い時は暑いのに耐えられるように遺伝子もうまく対応しているのかも知れませんね。もし本当にそうなのなら、夏にクーラーにあたってしまったら、もう暑さには耐えられないのかも知れません。いやはや、恐ろしい。。

それでは今回はこのあたりで。読んで戴きありがとうございました!

オプジーボ、痛いところを突かれる、の巻

こんにちは、ぷにぷにアザラシです。今日は久しぶりに医学系の論文を紹介します。今回の論文はこちら!

PD-L1 inhibits acute and chronic pain by suppressing nociceptive neuron activity via PD-1

PD-L1やらPD-1やら、知らない名前だと思われる方も多いかも知れません。しかし、これらは現在非常にホットなタンパクです。

オプジーボ”。この名前を聞いたことのある方なら、いらっしゃるのではないでしょうか?オプジーボとは、小野薬品が開発した新しいタイプの抗がん剤です。この抗がん剤は、従来の抗がん剤のような「がん細胞をやっつける」薬ではなく、「身体の免疫力を使ってがんをやっつける」という全く新しい仕組みを持つ薬で、現在とても注目されています。また、この抗がん剤は、1回の投与あたり100万円以上のお金が必要で、1回の治療あたり3000万円以上必要になり、医療費を圧迫するとして大きな問題を生んだ薬でもあります(現在では薬の値段は抑えられていますが、それでもまだまだ高価な薬です)。

話を戻して、それではなぜ、オプジーボは身体の免疫力を高めることが出来るのでしょうか?これは、がん細胞の生態が関与します。がん細胞は、普通の細胞ではないので、通常ならば免疫細胞によって発見され、排除されます。しかし、がん細胞はある日、その免疫細胞の機能を抑える仕組みを獲得します。その仕組みの正体こそ、冒頭で紹介したPD-L1です。がん細胞から放出されたPD-L1は免疫細胞にあるPD-1に結合することで、免疫細胞の機能を弱めてしまうのです。では、オブジーボは何をしているのかというと、このPD-L1がPD-1に結合するのを邪魔することで、がん細胞が免疫細胞の機能を抑えないようにしています。その結果、免疫力が高まって、がんはやっつけられる、というわけです。

そんな夢のような薬のオプジーボなのですが、とある薬と併用すると、運が悪いと死んでしまったりするといった、副作用も報告されています。まだまだ新しい薬ですので、そういった予想外の事態も起きるわけです。今回の論文は、そんな予想外の事態を新たに提示し、警鐘をならすものです。

  1. PD-L1をネズミに投与すると痛みがおさまる
  2. PD-1は免疫細胞だけではなく、感覚神経にも存在する
  3. PD-L1は感覚神経のPD-1に作用して、SHP-1というタンパクを介し、神経が痛みシグナルを伝達することを抑制する(TREK2というカリウムチャネルを介する)
  4. オプジーボ(化合物名:ニボルマブ)を、がんを移植したネズミに投与すると、痛みが強くなる

端的に述べると、PD-L1は痛みを抑える仕組みに関与しているため、PD-L1の働きを抑えてしまうオプジーボは、痛みを増強してしまう、ということです。

現在、オプジーボを用いている患者さんが、他の患者さんよりも痛みを強く感じているというような噂は、少なくとも私は聞いたことがありませんが、少し注意する必要があるのかもしれません。今後の動向が気になる論文でした。

オプジーボは、実は日本で発明された数少ない薬のひとつです。そしてなんと、ノーベル賞を取るのではないかとも言われている薬なのです。なので、個人的にはもっと活躍して欲しいと思っています。今回の報告は少し残念ですが、例えば痛みが出る患者・出ない患者など、区別できるようになれば、安全にこのお薬を使っていけるのではないかと思います。そのような今後の研究に期待したいです。

それでは、今回はこのあたりで。最後まで読んで下さり、ありがとうございました!

鳥の卵の美学

こんにちは、ぷにぷにアザラシです。またもや非常におもしろい論文を発見したので、紹介したいと思います。今日の論文はこちら!

Avian egg shape: Form, function, and evolution

です!

おそらくこの記事を読んだ方の5人に1人くらいは、今朝割りましたよね!ニワトリの卵!卵は「卵形」としか表現できないくらいに見事に個性的で美しい形をしています。しかし、実は鳥の卵って、ニワトリの卵のような「卵形」ばかりではありません。中にはもっと円いものや、もっと長細いものもあります(たとえばこんな感じ)。

では鳥の卵の形って、一体どうやって決まってるのでしょうか?鳥の大きさでしょうか?鳥の食べているものでしょうか?住んでいる環境でしょうか?案外どんな要因を考えてみても、妄想は膨らむし、もっともらしい理由も付けられそうなものばかりで、一体何が本当に大事なのか、分かっていませんでした。今回の論文はそんな素朴な疑問を解決した論文になります!

  1. 1400種類もの鳥の卵の形を、「非対称性」と「どれくらい楕円か」に着目して分類した。
  2. なぜそのような形になるのか、物理学的な計算式も確立した。
  3. さらに、鳥の特性と照らし合わせ、「飛ぶことが多い鳥」の卵の方が、より非対称に、楕円な形になることを明らかにした。

すごくないですか?1400種類ですよ!卵の数も、本文に書いてあるのですが、その数なんと約50000個らしいのです!それだけの調査をした論文は、例が無いらしく、本当に地道な努力の積み重ねの結果だと思います。何年かかって調査したんだろう。。本当にすごいです。あと、3.でわかったように、鳥がどれくらい飛ぶのかが、卵の形に影響するらしいです!良く飛ぶ鳥の卵が、より楕円に非対称になっていったのか、それとも楕円で非対称な卵から生まれた鳥が、良く飛ぶようになったのか、いわゆる「卵が先かニワトリが先か」理論になってしまいますが、今後そういうところが明らかになってくるとより一層楽しそうに感じます。

それにしても、こういう、夢のある研究っていいなぁとつくづく思いました。あと、この論文の著者に「卵は好きですか?」と聞いてみたいな、と思いました 笑

そんな感じで、今日は終わりたいと思います。最後まで読んで下さってありがとうございました!次回こそはチーターの話を!

 

 

音を楽しむ仕組み

ぷにぷにアザラシです。twitterではチーターのことを書くと予告しながら、少しおもしろいものを見つけたので紹介します。今日の話題はこれ!

Neuroscience: How music meets mind

これは論文ではないのですが、“Nature”という、その筋の人で知らない人はいない有名な雑誌に紹介された記事です。簡単に言うと、「人はどうして音楽に感動するか」、ということについての文章です。

考えてみれば不思議なもので、僕たちはあまり言葉を聞き取れない洋楽であっても、バラードを聴いて感傷に浸り、ロックを聴いて心を躍らせることが出来ます。時代をさかのぼって、17世紀などにバッハが作った曲を美しいと感じることが出来ます。つまり、音楽というものは、文化の垣根を越えて、人類全てに通用する方法で、私たちの心を揺さぶることが出来るのです。

音楽をどう感じるかはともかく、音楽に対するセンス(絶対音感や作曲能力など)は人それぞれです。絶対音感を持つ人は、この文章によると西洋人10000人に1人の割合だそうです。しかし、自閉症の人では、その確率が12,3人に1人となり、生まれながら、あるいは生まれてすぐに目が見えなくなった人では、その確率がなんと2人に1人となるそうです。すごい!

では、絶対音感とはどうして生まれるのでしょうか?この文章によると、それは音そのものに対する卓越した能力から生まれるものではなく、音楽構造に対する感性から生まれるものだ、と考えている研究者がいるようです。絶対音感を持つ被験者に対して、音楽理論にしたがった曲を聴かせて、同じように演奏するように指示すると、正しく元の曲を復元することが出来ます。しかし、音楽理論を完全に無視した曲を聴かせて、それを同じように演奏するように指示しても、上手くいかないのです。つまり、絶対音感による記憶は少なくとも、音楽理論(音楽構造に対する感性や、幼少期に聴いた音楽の構造)が関与する、ということを意味しています。ただ個人的には、例えば「わたしのなまえはぷにぷにあざらしです」という文章を覚える方が、「わのぷなはたしあざぷにますえでにざらし」という単語の羅列を覚えるより遥かに楽なので、当たり前なのではないか、とは少し思います(私の英語の読み間違えだったらごめんなさい)。

それにしても、どうして絶対音感を有する割合が、目の見えない方では増えるのでしょうね。視覚を司る脳部位と音を司る脳部位は違うものですし。もしかすると、視覚を司る脳部位が余るから、代わりに音を処理するように変化するのかも知れませんね。そうなると、どうして味とか、匂いとか、数学の能力とか、他のものよりも率先して音を処理するようになるのか、気になるところです。

あと、どうして音楽に対する感情が世界共通なのかも気になるところです。味覚などは文化や地域差が大きいのに(東日本と西日本でも醤油の濃さなど違いますよね)、音についてはそんなに変化が無いのか。音楽で感動することは、生きる上で欠かせないものでは無いように感じますし(私個人はno music no lifeな人間ですが)。謎は深まるばかりです。

何はともあれ、この文章は英語ですが、おそらく誰でも見ることが出来る記事だと思いますので、ご興味のある方は是非見てみて下さい。それでは今日はこのあたりで。最後まで読んで下さり、ありがとうございました!