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The Scientific Ocean

誰にでもわかりやすいように生命科学を解説しようとするアザラシのブログ。

中の人(アザラシ)のTwitterは@puni2azarashiです。

泳ぐか泳がないか

(人によっては今回のお話は科学的ではあるものの、“卑猥”と思うかもしれません。そういうお話が苦手な方は回避してください。)

こんばんは、ぷにぷにアザラシです。

今日は少し古いですが、2010年に発表された論文について紹介したいと思います。今日紹介する論文はこちらです。

Acid extrusion from human spermatozoa is mediated by flagellar voltage-gated proton channel

Spermatozoa。精子ですね。精子というと卵子まで頑張って泳いでいる姿を思い浮かべる方が多いと思います。しかし実は泳いでいる精子は女性体内でしか観察できない現象で、男性体内では決して泳いでおりません。その詳しいメカニズムについては当時よく分かっておらず、この論文が出るまでに分かっていたこととしては、「精子内部が酸性からアルカリ性になると精子は泳ぎ出す」というものでした。今回の論文はそんな未知を解明した論文になります。

この論文で報告された重要な点は以下のようになります。

  1. 精子には水素イオン(proton, H+)を通す「穴(チャネル)」があり水素イオンが精子の中から外に逃げていく。
  2. “アナンダミド”と呼ばれる油(脂質)によってその「穴」を通る水素イオンの量が多くなる一方で、亜鉛によってその「穴」は閉じられる。
  3. ヒトの精子には1.の「穴」が多いのに対してネズミの精子にはそれが非常に少ない。

ひとつずつ解説してゆきます。

1.について、水素イオンというのは酸性やアルカリ性を決めるもののことです。水素イオンが多くなれば酸性になり、逆に少なくなればアルカリ性になります。今回の論文では精子には水素イオンを通す「穴」があって、それによって水素イオンが精子の中から外に出て行きました。つまり、精子の中の水素イオンが少なくなったので精子の中はアルカリ性になったということです。精子の中がアルカリ性になるとどうなりましたか?そうです、精子は泳ぎ出すのです。つまりこの「穴」が開くと精子は泳ぎ出すことになります。ではどうやってこの「穴」の開閉を体の中で制御するのでしょうか?それが2.の発見につながります。

2.に出てきた“アナンダミド”とは、生殖器系においてたくさん存在することが知られています。つまり1.の「穴」はこのアナンダミドによって開きやすくなっていたわけです。では亜鉛はどうでしょうか?実は亜鉛は体の中に比べて精液中に大量に含まれていることが知られています。なので、男性体内では1.の「穴」が閉じられてしまうため、精子は泳ぐことができない、ということです。生命の造りの巧妙さに驚かされるばかりです。

3.はさらに驚きだと思います。なぜなら、1.と2.から、この「穴」は精子(つまりは受精や子孫の繁栄)に非常に大切だと思われるのに、進化的にこの仕組みが保存されていないことをはっきりと証明しているからです。これはかなり異常なことだと思います。なぜなら、骨や筋肉や脳や血液まで、ヒトとネズミはよく似ていることが知られています。だから私たちはほとんどの場合、ヒトの代わりにネズミを使って実験をして、新しい薬や治療法を見つけ出そうとするのです。もちろんネズミとヒトは生活の仕方が違うので、それぞれに必要な部分が発達して、必要の無い部分は退化しています。しかし、子孫繁栄はネズミとヒトだけでは無くすべての生物にとって非常に重要なことであるはずです。なのにヒトとネズミでこんなに違う。おそらくネズミにはこの研究で見つかった「穴」以外の何か“別物”があるのでしょうが、どうしてネズミの持つ仕組みが捨てられ、別の新しい仕組みをヒトは得たのか。本当に謎でしかありません。もしかしたら子宮の数とか、そういうところで差があるのかもしれませんが、こんなにも違うことに本当に驚きました。

このヒトとネズミで精子の運動システムが違うということは、ヒトの不妊治療の研究をネズミで実験してもうまくいかないかもしれない、ということを意味していると思います。最近の不妊治療の研究について私は残念ながら無知ですので何もお応えできませんが、そういう観点が非常に大事になるのかもしれないと思いました。それにしても生命って本当に不思議なものです。

以上になります!ありがとうございました!

ではまたよろしくお願い致します!