The Scientific Ocean

誰にでもわかりやすいように生命科学を解説しようとするアザラシのブログ。

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薬を運ぶ細胞

こんにちは、ぷにぷにアザラシです。今日は細胞(好中球)を使った、新しい薬の輸送技術(ドラッグデリバリーシステム)について紹介します。

www.nature.com

背景

 現在使用される医薬品の多くは一度身体の中に入ると、血液を介して全身にくまなく分布します。しかし、脳やガン組織は血管との間に大きな“関門”があり、脳やガン組織の中へは薬が届きにくいことが知られています。今日まで、微小粒子を用いたドラッグデリバリーシステム(NDDS)は数多く開発されてきましたが、微小粒子の安定性や毒性に問題があり、なかなか上手く進んでいませんでした。

 そこで登場したのが、細胞を使ったドラッグデリバリーシステム(CDDS)です。当初は、間葉系幹細胞や神経幹細胞と呼ばれる細胞にガン組織への移行性があることを利用して、それらの細胞を用いたドラッグデリバリーシステムの開発が進められてきました。一方で、免疫細胞である好中球にも、炎症反応に呼応して、上記の“関門”を通り抜ける能力があることが知られています。そこで、好中球に薬を“埋め込んで”、ガン組織へ届ける方法も考案されてきました。しかし、好中球が体内で本当にガン組織「だけ」に集まっているのか、誰も知りませんでした抗がん剤は、いわば毒ですので、健康な組織へ届いてもらっては困ります。そのため、本当に好中球がガン組織に集まっているのか、確認する術が求められていました。

今回の論文のハイライト・展望

今回の主なハイライトは、

  • ドキソルビシン(抗がん剤)を封入した磁性ナノ粒子を好中球に入れることに成功した
  • MRIを使って、磁性ナノ粒子を持つ好中球の体内での動きを可視化した
  • グリオーマモデルマウスの死亡率は、この好中球の投与によって減少した

です。

 筆者らは、細胞の動きを見るために、細胞に「黒さび(四酸化三鉄)」を入れたナノ粒子を取り込ませました。そして、黒さびが持つ磁性を利用して、よく医療で用いられるMRIを行い、細胞を可視化することに成功したのです。また、別の実験では、ドキソルビシンそのものがもつ“蛍光”を用いた観察やナノ粒子に蛍光ラベルを施した観察も行っています。さまざまな角度から、この系でのドラッグデリバリーシステムが有効であることがしっかりと証明されています。

 ただ、これは炎症反応に反応する系であるため、この論文での抗ガン作用に関する実験は、ガンを手術で取り除いた後に残る「残骸」に対する抗ガン作用を基に評価しています。なので、適応は術的にガン除去を行った後のガンの殲滅、となるでしょう(はじめから使うことはおそらくできない)。脳腫瘍(グリオーマ)は致死性がものすごく高いので、それだけでも価値があるとは思いますが。

 この系の良いところは、もちろんその強い抗ガン作用も挙げられますが、臨床現場を考えた場合、投与した後の薬の動向を知ることができることにあるでしょう。特に抗がん剤のような危険な医薬品の場合、望まない場所へ薬が届くことは極力避けるべきですし、もしも届いてしまった場合にはすぐに知る術があるべきでしょう。この手法が臨床現場で使われれば、どこに薬(細胞)があるのか、MRIですぐにわかりますので、そういう意味でも安全に使うことができるかも知れません。

 総じて、筆者達のアイデアがふんだんに取り入れられた、とても面白い論文でした。個人的には、この好中球に抗体などを発現させて、ガンに対して標的化し、はじめからガンを殲滅するために使用できるように発展できるのならば、もっと面白くなりそうだと感じました。

 

以上になります、最後まで読んで下さりありがとうございました!