The Scientific Ocean

誰にでもわかりやすいように生命科学を解説しようとするアザラシのブログ。

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戦う赤血球

お久しぶりです、ぷにぷにアザラシです。いつの間にか9月ですね。早いものだ。。。
さて、今回紹介する論文はこれです!

Genetically engineered red cells expressing single domain camelid antibodies confer long-term protection against botulinum neurotoxin

遺伝子操作した(genetically engineered)赤血球(red cells)を使ってボツリヌス毒素(botulinum neurotoxin)という毒から体を守るよ!という話です。

 ボツリヌス毒素とは、ボツリヌス菌という菌が産生するタンパク質でできた毒素です。これは神経に作用する毒素で、神経から神経へ信号を伝達するのをストップする働きがあります。その結果、ありとあらゆる神経活動が止まってしまい、死んでしまう、そんな猛毒です。作用も強く、なんと体重60 kgの大人に対して60マイクログラム(1マイクログラムは1グラムの100万分の1)投与するだけで死者が出るとされています。
ボツリヌス毒素を飲んでしまった場合、今では血清療法や呼吸療法という治療法を使って対応します。呼吸療法はそのまま、呼吸を維持する方法です。血清療法とは、ボツリヌス毒素がタンパク質であることを利用して、タンパク質に強くひっつくことが出来る抗体と呼ばれるものを体内に投与することで、ボツリヌス毒素を捕まえよう、という方法です。しかし、抗体は、投与してもすぐに体(血液中)から排泄されてしまい、長く留めることが出来ないことが弱点でした。

そこで今回のお話では、研究者(筆者)達は大胆な方法に出ます。「抗体が血液からすぐに出てしまうのなら、血液中に存在するものにひっつけてやって、血液から出られなくすれば良い」という発想です。そこで彼らはなんと、血液にある細胞、赤血球に抗体をひっつけることにしました。

しかし、問題はもう一つあります。それは、抗体がとても複雑な構造をしているということです。そのため、赤血球にひっつけることはそう簡単ではありません。そこで彼らは“ラクダの抗体 (camelid antibody)”に目を付けました。

ラクダだってヒトと同じような抗体を持ってるのでは?と思われるかも知れません。実は、そうじゃないんです。

一般的に、抗体とは2種類のタンパク質(重鎖と軽鎖)から出来ています。そして、重鎖と軽鎖の2つを使って初めて、抗体はタンパク質にひっつくことが出来ます。しかし、ラクダの抗体にはこのうち軽鎖がありません。つまり、ラクダの抗体は、重鎖だけでタンパク質にひっつくことが出来るのです。そうすると、ラクダの抗体を使えば、赤血球に1種類のタンパク質をひっつければいい、ということになります(もっと知りたい方は「ナノボディ」で検索してみて下さい)。

これらの発想を駆使して、彼らはボツリヌス毒素に結合できるラクダの抗体を生やした赤血球を作り、ネズミに投与しました。すると、ネズミがボツリヌス毒素で死ななくなったのです!

彼らはさらに、ヒトの赤血球でも同じようなことが出来ることも示しています。今回のお話はボツリヌス毒素相手でしたが、この方法は、ありとあらゆる病気にも応用することが出来ます。例えばリウマチの薬の一部は抗体ですし、ガンをやっつける薬も最近は抗体が主流になってきました。こういった抗体でできた薬の多くは、何回も服用せざるを得ず、また薬の値段も非常に高いので、医療費が高騰する原因になっていたりします。今回の報告の方法を使って、もしも投与回数を格段に減らすことができれば、そういった問題も回避されるのかも知れません。今後の展開がとても期待できるような研究でした。

 

今回の紹介は以上です、最後まで読んで下さってありがとうございました!

 

 豆知識。

ボツリヌス毒素ですが、実は最近、なんと美容整形に使われています。
ボツリヌス毒素を皮膚に投与することで、皮膚をピンと張っている神経をダメにして、小皺をのばす、という使い方をします。全身に毒がいかないように工夫して、たくさん投与しないようにすれば、安全に使うことが出来るのです。
詳しくは「ボトックス」で調べてみて下さい。

毒も使い方によっては薬になりますね 笑

(ちなみにボツリヌス毒素は、目のけいれんなど、神経が過剰に働く病気の治療にも使ったりします。豆知識の豆知識。)